目次
- 2024.5.12@ムジカーザ「吉田篤貴EMO strings Concert 2024 -noboru-」レポート
- 吉田篤貴(Violin)使用楽器・機材紹介&インタビュー
- 沖増菜摘(Violin)使用楽器・機材紹介&インタビュー
- 地行美穂(Violin)使用楽器・機材紹介&インタビュー
- 青山英里香(Violin)使用楽器・機材紹介&インタビュー
- 萩谷金太郎(Viola)使用楽器・機材紹介&インタビュー
- 大嶋世菜(Viola)使用楽器・機材紹介&インタビュー
- 島津由美(Cello)使用楽器・機材紹介&インタビュー
- 内田麒麟(Cello)使用楽器・機材紹介&インタビュー
- 米光椋(Contrabass)使用楽器・機材紹介&インタビュー
日々の時間を少しだけ手放して、EMO stringsの音楽に身を委ね愉しむ、そんな嗜みはいかがだろうか。
ヴァイオリン、ヴィオラ奏者のみならず、作曲やアレンジメントにおいても、その才能を遺憾無く発揮するアーティスト、吉田篤貴(よしだあつき)。彼が率いるストリングスユニット EMO strings が5/12(日)、東京都渋谷区のムジカーザにて「吉田篤貴EMO strings Concert 2024 -noboru-」を開催した。約1年半ぶりの公演となった9人編成(Double Quartet + Contrabass)で、吉田は新たな書き下ろし楽曲を迎えながら、新たな表現を探す音の旅に出たのであった。
この日のメンバーは、吉田篤貴(Vn)、沖増菜摘(Vn)、地行美穂(Vn)、青山英里香(Vn)、萩谷金太郎(Vla)、大嶋世菜(Vla)、島津由美(Vc)、内田麒麟(Vc)、米光椋(Cb)らによるダブルカルテット形式の豪華な編成だ。カルテットは通常、2本のヴァイオリンと1本ずつのヴィオラ、チェロによって編成される室内楽の一形態であり、18世紀以降今日に至るまで、世界の名だたる作曲家がカルテット(弦楽四重奏曲)を発表し、後世に残している。各楽器奏者を倍に増やし、コントラバスを加えた編成が吉田篤貴EMO stringsであり、単に数が豪勢なだけではない、多彩な表現と情景を見せてくれるからこそ、このユニットは面白い。
ここムジカーザは、コンサートホールが持つ様式美を感受するとともに、幸福感や安堵感といったものを付け加えたくなる。せわしなく流れる日々に、ひとときのやすらぎを与えてくれるような空間演出と、心地よい春の風とが合間って、旅の出発点は和やかなムードに包まれていた。
温かな拍手に迎えられて、身に纏った彩とりどりの舞台衣装がキラキラと輝くメンバーたち。個性をより美しく引き立てる自由な装いもまた、EMO stringsの「らしさ」なのである。
柔らかなステージ照明と、暮れなずむ空からムジカーザへと差し込む自然光のハーモニーが、これから始まる旅を祝福するかのようで、その中でごく自然に、まるでどこからともなくといった具合に『The Wind Fiddler』は始まった。アイリッシュやカントリーのテイストを豊かに取り入れたこのナンバーは、これまでに様々な編成で表情を変えながら披露してきた吉田篤貴の代表曲の1つだ。特有の軽快さの中にEMO stringsならではの厚みをプラスしながら、それぞれの楽器が楽しそうに躍動していく。技巧的なパッセージと弓捌きによる視覚的な要素も相まって、目と耳が心地よい。開始早々にファンの心をグッとつかみ、早速大きな歓声とブラボーが飛び交う好展開だ。重厚な音と音との連なりは次曲『ニューシネマパラダイスメドレー』でより深く、立体的なアンサンブルとなって押し寄せてくる。長年にわたり、人々に愛されてきた上質なテーマが揺るぎない気品を纏って、会場を大いに包み込んでいくのであった。
音楽を生業とする性質上、日々目的のために演奏することも多い中で、「今日はやりたい音楽を純粋に楽しめる」と満員の会場を見渡しながら、嬉しそうに話してくれた吉田。今のところは『新曲2024①』とでもしておきますと、未定のタイトルを温かな笑いに変えて披露したのは、構成が19拍子という、相当に攻めたリズムのユニークさを持つ楽曲であった。クールな疾走感に、時折ザラっとしたエッジを感じる斬新な聴覚体験の中で、一糸乱れぬ縦のラインが一際輝いていく。ごく自然体でいるメンバー達なのだが、それは強靭な集中力だからこそ成せる業であり、傑出した技量を改めて感じる瞬間でもあった。初演を見事に務め上げたメンバー達へ、ファンからは渾身の賞賛を讃えるブラボーが送られたのだった。
吉田篤貴が楽器をクラリネットに持ち替え、地行美穂、島津由美、米光椋らと奏でた『Dancing Spoon』は、ふわりと舞い輝きながらフォールする、そんな軽快さと変拍子の中でテンポよく弾むベースラインが印象的なナンバーだ。複雑なセッションなのには違いないが、クラリネットを奏する吉田の姿は本当に楽しそうで、音を愉しむ音楽の本質を享受した会場からは大きな拍手と歓声が上がっていた。
第一幕の終わりに魅せた『Our “Happy Ending”』は作曲家の三枝伸太郎による委嘱作品であり、再び9人のメンバーで魅せる濃厚なアンサンブルは、まるで交響曲を丸ごと1曲聴くかのような充実の音楽体験をもたらしてくれるのだった。寄せたり退いたりしながら、弦楽器が波のように美しくゆらぐ姿の中で、愛と優しさ、厳しさと孤独、そういった人間的な心模様が身体に流れ込んでくるのを感じる。メンバー全員が吉田と深い縁にいるからこその絆とでも言うのだろうか、実に表情豊で優美な世界に会場は溢れていた。
金属性の体鳴楽器、ハンドパン(handpan)を円卓のように囲む編成を見せながら、第二部の幕が開いていく。円の中心に座するハンドパン奏者は、今回のEMO stringsメンバーのチェリスト、内田麒麟だ。『灯火』と題された内田書き下ろしのこの楽曲は、リアルな生音を聴く機会がほとんどないであろう、ハンドパン演奏の目新しさも相まって、視聴覚共にオーディエンスを惹きつけていった。幽玄味のある独自の音色と心地良い残響音の中で、伸びやかなストリングスが重なり合い融和を見せる。初舞台の世界的初演を見事成功に納めたその深い音楽性は、弦楽器を熟知する内田ならではの世界観であり、会場からの熱い拍手がムジカーザにこだました。
一流のチェリストでありながら、今後ハンドパン界隈に新たな風を巻き起こしていくという、明るい話題を振り撒く内田との心嬉しいトークの後で披露されたのは、吉田篤貴の世界に、よりディープに没入できる、この上なくリアルな質感のアンセムナンバーだった。これまでも様々な編成とメンバーで聴衆を魅了してきた『極夜』では、“静と動”の調和が色彩を生み出し、表情豊かな情景が描かれていく。太陽の登らない世界を意味する極夜。淡いヴェールに包まれながらの幻想的な雰囲気の中で、時に煌めいては消えるように徐々に一つのクライマックスが創造されていく過程は実に美しかった。続く『Hydra』は、ダブルカルテット+コントラバスの弦楽器陣9人で仕掛ける吉田篤貴EMO strings最大のフィソロフィの結晶とも言える壮大さが魅力的な楽曲だ。“生”の弦楽器のみが持つアグレッシブな“重厚感”と“歪み”がタイトルの如く果敢に喰らいついてくる。彼らの真にリアルなアコースティックサウンドは、物足りなさなどと言うものを微塵も感じさせない。それは経験と技量とが一体となった堂々たる演奏であり、鳴り止まない拍手と大歓声がそれを讃えたのだった。
溢れ出る熱情を少しずつ冷ますように、穏やかに、そして柔らかな物腰で話していく吉田。『Abuju』は御子息がふと放った「あぶじゅ」という声からインスピレーションを受け、喃語に音をつける過程を作曲した意欲作である。弦楽器のピチカート奏法をギター的なアプローチで展開する試みとして、この日唯一、吉田のヴァイオリンにはコンタクトマイクとエフェクターがセットされた。残響感とやまびこ効果を付随する、リバーブ・ディレイのエフェクトでベースラインを形成し、伴奏に徹するかのような吉田の演奏シーンも印象的に光る。特徴的なアンプサウンドも展開しながら、どっしりと構えるコントラバスのライン上を弦楽器が気ままに走り回り、様々な音と音の重なりに包まれる不思議な雰囲気に吸い寄せられていく。会場はその音の世界へ没頭しながらしっとりと音楽を味わっていた。
本編最後の披露は、作曲・編曲家、指揮者である狭間美帆が手掛けた『レディーロの夜明けには』。この楽曲もまた吉田篤貴EMO stringsにぴったりの仕上がりだ。コントラバスの伸びやかな支えや打楽器的アプローチの上で弦楽器たちが踊り、掛け合うアンサンブルの中で吉田がソロを展開していく。低音域と高音域の左右さがまるでステレオ効果のような濃密なサウンドを解き放っており、創造する空間の奥行きと緩急のコントラストが実に素晴らしい。決して四重奏x2ではない高い音楽性と技巧性、磨き抜かれた水々しい感性が、吉田が大切にする生音公演への想いと呼応し共鳴していく。目の前に広がる「音」を確かに享受し、感化された会場からは、盛大な拍手と熱いアンコールが巻き起こり、この日の公演のラストを飾ったのだった。
満員御礼のムジカーザへ、改めての感謝とともに最後に届けてくれた『casa nostalgia』では、故郷や家族を想う柔らかな感性が、9人の対話によって心地よく描かれ、この日のコンサートを鑑賞した1人1人の心に深く刻まれていくのであった。それぞれが第一線で活躍する凄腕の奏者陣ゆえに、スケジュール調整は困難を極めるというが、それほど遠くない未来で、EMO stringsは再び9人編成での公演を約束してくれた。
皆それぞれが、心の赴くままに身を浸している。そんな姿を目の当たりにすると、音楽の素晴らしさを改めて共有したくなる。日々の時間を少しだけ手放して、その世界に身を委ね、音を感じて愉しむ、そんな嗜みはいかがだろうか。吉田篤貴EMO stringsが手掛ける、単に鑑賞するだけにとどまらない、生の音楽体験が、誰かのためではない真に豊かな時間をもたらしてくれるはずだ。
取材・文:廣瀬航
撮影:小野寺将也
《SET LIST》
- 1. The Wind Fiddler
- 2. ニューシネマパラダイスメドレー
- 3. 新曲2024①
- 4. Dancing Spoon
- 5. Our “Happy Ending”
- 6. 灯火
- 7. 極夜
- 8. Hydra
- 9. Abuju
- 10. レディーロの夜明けには
- EN. casa nostalgia