1年9カ月ぶりとなる全国ツアー“藍井エイル LIVE TOUR 2021~ATOK~”の開催が発表され、ツアーギタリストとして全国14カ所15公演を駆け回る事が決まった土屋浩一氏。
ベテランギタリストとして円熟したパフォーマンス、テクニックで多くの観衆から定評を得ている今、この機会だからこそ話せる沢山のお話しを聞かせてもらいました。
ギターとの出会いからTV番組出演、小室哲哉氏との出会いなど自身のキャリアを総括したロングインタビュー。是非ご熟読下さい。

ギターの形と音から入って、誰かに憧れて…っていう順番とは逆なんです

―早速ですけど、ギターを始めたのは何歳からなんですか?

土屋浩一(以下、土屋):僕は、はじめはピアノを習ってたんですよ。

―それは何歳からですか?

土屋:幼稚園からです。エレクトーンから入って、個人のピアノの先生に習って。それで、小6のときに、譜面を買いに行った近くの楽器屋さんで、そのときに初めて、めちゃくちゃギターが目に入ったんです。エレキギター、ロックの変形みたいなのとかがいっぱいあって。ピアノってどっちかというとキレイ系なイメージだったんですけど、(ギターは)悪そうな匂いがする感じがいいなと思って。

ピアノを習っていた幼少期の土屋氏(土屋浩一氏提供。以下、過去写真はすべて土屋氏提供によるもの)

―誰かギターを弾いている人を見て憧れたわけじゃないんですね。

土屋:まずは人じゃないんですよ。僕、本当に形なんですよ。楽器屋さんに置いてある変形ギターみたいなのとか、あとは試奏してる人が弾いてた歪んでる音とか。

ギターの形と音から入って、そこから誰が弾いてるんだろうっていう順番なんですよね。だから、ちょっと不思議かも知れないですけど、誰かに憧れて…っていう順番とは逆なんですよ。そういう歪んでる音のギターを弾いてる人は誰だろうって思ってたら、たまたま友達がX(X JAPAN)を聴いてたんで、おすすめしてもらって聴いたら、めちゃくちゃかっこいいと思って。そっからですね。Xが大好きになって。HIDEさんとかが弾いてる姿を見て、これは本当にやりたいなと思ったんですよ。

―楽器屋さんは近くにあったんですか?

土屋:ありました。イオンが近くにあったんですけど、その中に島村楽器さんが入っていて。そこで見たときに単純に弾きたいと思って、親に言ったんですけど、速攻で駄目だと言われてしまいました。まだちょっと、エレキギターは不良がやるものだっていうようなイメージが残ってたんですよ。それで、親がそのときはやらせてくれなくて。

―そこで見た変形ギターはどんなギターだったかって覚えてますか?HIDEさんのモッキンバードシェイプだったりするんですか?

土屋:いろんなのがあったんですけど、何でしたっけ?モッキンバードではなかったんですけど、ワーロックだったかな?ブランドも分からないんですけど、もう、本当になんとなくの形と、その形だけじゃなくて歪んでる音みたいなのが衝撃だったんです。僕はそれまで綺麗な音楽しかやったことなかったから。楽器屋さんで試奏してる人たちの音を聞いて、ギターってこういう音が出るんだ!みたいな。単純に興味を持って、それに今は周りで誰もやってる人もいないから、結構いいんじゃないかな、みたいに思いましたね。

―そこから、実際にギターを手に入れるまではどれくらいかかったんですか?

土屋:手に入れるまではちょっとあるんですよ。そこから1年間ぐらい、僕が楽器屋行く度にずっとギターを眺めてるわけです(笑)。1年ぐらい経ったから、中1の終わりぐらいだったんですけど、親もそんなにやりたいんだったら流石にやらせてあげたいってことになって、ようやく買ってくれたんです。だから、その1年間ぐらいはずーっとやりたい気持ちはありつつもまだ手に入れられないんだって、カタログとかをずっと見たりとか。当時、Xとか載ってるやつを貰ってきて、それを見ながら悶々としてましたよ(笑)。

―そこで初めて買ってもらったギターはなんだったんですか?

土屋:それが、なんかよくわかんないブランドの、形だけHIDEさんと同じモッキンバードタイプのやつでした。当時はよくあったんですよね。色は黒で、ポジションマークもちゃんとHIDEさんと同じ雲形のやつになってて。それでもう凄い喜びましたね。

念願のギターを手に入れた中学時代。

―ようやく念願のギターを手に入れて。そこから習いに行ったりとかレッスンを受けたりはしたんですか?

土屋:ずっと独学だったんですよ。中1ではじめて、最初からXのスコアとか買ってきて。ピアノをやってた分、音符は読めたんですけど、でも(ピアノとギターは)全然違うものだったんで分からないことだらけで。今思えば当時は全然弾けてないと思うんですけど、でも、自分で弾いてみて、「あ!同じフレーズ弾いてる!」みたいなのが楽しくて弾いてました。当時バスケもやってて、朝練もあったんで、学校行く前にギリギリまでギター触って、みたいな感じでやってましたね。

―じゃあ、学校の部活やクラブでギターを弾いてたってこともないんですね。

土屋:そうですね。でも、だんだん周りで興味ある人も出てきて、じゃあなんかやろうよみたいな感じで、同じバスケ部の友達とかと楽器やるようになって、一緒に合わせたりして練習をしてたんですよ。それで、先輩たちが文化祭でバンドをやってて、それはもう完全にヤンキーの先輩たちがやってたんですけど(笑)。でも、中3になったら自分たちもやれるんだと思って。だから中3のときに自分たちで有志で文化祭でバンドをやるっていって、やっていいってことになったんですよ。調理室を使わせてもらえて、机が結構頑丈なんで、それをステージにして。机を3個ぐらい繋げて花道みたいなのも作って、蛍光灯に色付きのセロファンを付けて、照明担当のやつを付けてチカチカ点けたり消したりみたいなのもして(笑)。それは先輩たちが昔やってたのを見てたんで、やろうと思ったんですけど。そんな感じで中学3年のときにはじめてライブをやったんですよ。そのときはXとかユニコーンとか、あとはその頃LUNA SEAがめちゃくちゃ出てきた頃だったんで、LUNA SEAなんかもコピーしたのを覚えてますね。それが初ライブです。

―中3で初ライブ。その後、本格的にバンドを組んだりはしなかったんですか?

土屋:それが、意外と僕あんまりなかったんですよね。みんなで文化祭でやったりっていう、仲間内でやってるぐらいで。でも、高校に入ったら、高校ではいよいよ本格的に軽音楽部とかが出てくると思ってたんですよ。軽音に入って音楽三昧やろうかなぁなんて思ってたら、入った高校の軽音部が部活動としてあんまり機能してなくて。部室も端っこの漫画研究会とかと一緒ぐらいの部屋で(笑)。こういう、あるじゃないですかちっちゃいMarshallのアンプ、あれが2個ぐらいあって(笑)。それで、ちょっとヤンキーの先輩たちがいるぐらいで、あ、これ活動してねぇなと思って。

―それは残念でしたね。

土屋:そうなんですよ。最初そこを見に行って、入りますって言って気に入ってもらったりはしたんですけど、これ違うなと思って。で、そのときにたまたまもう一つ興味があったのが中国拳法で、その部活があったんで、その時はそっちに行っちゃったんですよ(笑)。そっちにハマっちゃったんですよね。だから、高校3年間は中国拳法やって。でも、文化祭があったんで、その時だけクラスメイトとか同学年の有志とバンドはやってましたね。

―文化祭でやってたのはコピーですか?

土屋:コピーです。そのときはGLAYがすごい出てきたときだったから、GLAY、ラルク、あとイエモンとかのコピーをやってましたね。

高校時代の文化祭でのライブ。

―文化祭でコピーバンドをやって、高校時代にオリジナルのバンドをやったりはしなかったんですか?

土屋:高校2年になったときに、その当時YAMAHAのQY70とかああいうシーケンサーみたいなのが流行ったときで。これだったらひとりでも曲を作れるのかなと思って、それで当時すごいバイトして買ったんですよね。それで作ったのを学校のクラスのメンバーで組んで、ちょっとみんなで合わせたりするっていうぐらいだったんですよ。だから、本格的なバンドっていうのは高校のときもまだそこまでやってないんですよね。

大学4年時に専門学校へ。「じゃあ音楽をやりたいと思ったんです」


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