何もやってないなっていう感覚がどこかにずっとあって、じゃあ音楽をやりたいと思ったんです

―高校卒業後は大学に行ったんですよね?

土屋:大学に行きました。本当はその時は専門学校に行きたかったんですよ。でも、うちの親的には自分が行きたかったけど行けなかったから息子には大学行って欲しいみたいな思いがあったらしくて。自分としてはもうそこから思いっきり音楽やりたいって思ってたんですけど。でも、当時行ってた高校は割と進学校みたいなところだったんですけど、大学受験したら全部落ちちゃって。それがショックで、このまま大学に落ちたから専門学校に行くのは嫌だなと思って、もう1回、浪人して大学に行ったんですよ。

―大学はどちらなんですか?

土屋:立教大学です。で、そこでまた音楽のサークルに入ろうと思ったら、自分にはいまいち微妙なサークルしかなくて(笑)。一応入りはしたんですけど、あんまりそこでも活動しないみたいな感じでしたね。だから僕、ずっとバンドっていうより一人でギター弾いてる方が長いんですよね。浪人のときに出会ったやつがめちゃくちゃ歌上手くて、こいつと一緒にバンドやったらすごいことになるかも知れないと思って、一緒に大学入ってバンドやろうと思ってたんですけど、そいつも全然別のサークルに入ってしまったりして(苦笑)。

―そういう感じでそのまま大学卒業まで行ったんですか?

土屋:自分一人ではギター弾いてて、その間にさっき言ったようなバンドだったりでちょこちょこライブするぐらいだったんですけど。大学3年ぐらいになると周りもみんな就職のことになってきて、考えたときにやっぱりガッツリバンドもやったことないし、ずっとギターは好きだけど、なんかこう燃え尽きてないって言うか、何もやってないなっていう感覚がどこかにずっとあったんですよ。このまま就職したら先が見え過ぎるなと思って(笑)。じゃあ音楽をやりたいと思ったんです。

大学の中に当時凄くギターが上手いって言われてる人がいて、ギターの先生をやっててそれでも十分稼げるみたいな話を聞いてて、じゃあそういうプロの道もあるんだなと思って。プロになったらこういうのも出来るのか、ああいうのも出来るのかって考え出したらめちゃくちゃ面白くなっちゃって、これはこっちだなと思いました。そこが初めてレールを外れるみたいなタイミングでしたね。

―大学は卒業したんですよね?

土屋:卒業しました。

―その間に友達や周りの人たちは就職活動をするわけじゃないですか。

土屋:だから僕一個も(就職活動を)してないんですよ。3年のときにそれを決めたんで、4年生になったときに、もう大学の単位も取り終わってたんで、ダブルスクールでメーザーハウス(音楽専門学校)に行ったんです。

―大学4年のときに大学に行きつつ専門学校に通ってたんですね。

土屋:そうです。単位も取り終わってたし、大学4年てほとんど授業も無いから、ただ行ってるだけなんですよ。だからもう卒業しちゃった感覚だったというか。だから1年間は大学と被って、大学卒業してからそのまま専門が2年目っていう風になりました。就職せずに専門学校に行くというすごい決断をしちゃったから。親もまさかそこまでとは思ってなくて、公務員だ銀行だなんだ行くだろうって思ってて。当時付き合ってた子も正直「こいつ何言ってんだ」ってことになって(笑)。それじゃ結婚とかも出来ないじゃんみたいな。だからそこで別れるわけですよ。それでも俺はやるという覚悟でしたけどね、その当時は。

―そこで人生が動きはじめるわけですね。

土屋:そうです。そうだ、それで専門学校に入った頃にユニットをやってるんですよ僕。うちの従姉妹が元々ミス清泉女子大学になって、雑誌のグラビアにちょこっと出たりしてて、芸能の感じの仕事を少しやってたんですよ。で、音楽もやってたから、僕が音楽ずっとやってるのも勿論知ってて、一緒に連れてってもらって紹介してくれたんですよ。「うちの従兄弟でギターやってるんです」って。avexの人とか、ちょこっとづついろんな人に会うようになったんです。その従姉妹が紹介してくれた人の中に、当時浜崎あゆみさんかなんかのライブ制作みたいなのをしてるところの人がいて。で、大阪から出てきたボーカルの男の子がいて、一緒にユニットみたいなのをやらないかみたいな話をもらったんです。だから、専門学校の1年目はそっちの活動をちょっとしたんですよ。

―なんていうユニットだったんですか?

土屋:「sync.」っていう、シンクロするって意味の「シンク」だったんですけど。ボーカルの男の子が1個上ぐらいで。当時avexのプライムディレクションっていう多分インディーズを扱ってるようなところからオムニバスCDみたいなのを出してたりとかやってる後に僕が入って。そのときにお二方、僕とは歳が10個ちょっと離れてる大人の二人がいて。その人たちが曲を作ってくれて、トラックメイキングも全部してくれてて、僕はギター弾くだけだったんです。その作ってくれてたトラックメイカーは今はもう超売れっ子で、AKBのフライングゲットとかのアレンジとギターを弾いてたり、ジャニーズとかも色々やってる倉田さんて方で、生田真心て名義でやってるんですけど。今だに親交があって、年に1回ぐらいは飲んだりしてますね。で、その活動があったんですけど、やりながらもあんまりしっくり来てないときに、globeのサポートギターの話をもらったんです。

「sync.」時代のライブの模様と当時のフライヤー(土屋氏提供)

globeのステージでプロデビュー。「こっちに来て良かった」


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