その音色は。いや、この日の演奏自体が、触れた人たちを夢想させ、いろんな景色を見せてくれた。

ヴァイオリニストの牧山純子が、昨年11月に発売したアルバム『Classical Trio』のリリース記念ライブを、2月14日に丸の内コットンクラブで催した。メンバーは、牧山純子(violin)、原田達也(piano)、中林成爾(cello)。アルバム『Classical Trio』を作りあげた面々だ。同期・同級生と気心知れた3人が作り上げたコンサートの模様を、ここにお伝えしたい。

コンサートは、原田達也と中林成爾が厳かな音色を重ね合うように奏でるセッションから始まった。次第に音圧を増す演奏。その音色へ呼ばれるように、客席を通って、赤いドレス姿の牧山純子が姿を現した。重厚な音の連なりへ温かな音を重ね合わせるように、牧山純子がヴァイオリンの弦に弓を滑らせた。その旋律を合図に、演奏はAstor Piazzollaの『リベルタンゴ』へ。3人の気持ちの距離が縮まるのに合わせ、重厚な旋律と華麗な音色が楽曲という一つのカンバスの中で溶け合い、哀愁浪漫な音楽のグラデーションを描き出す。クラシックをジャズアレンジして届ける3人らしく、途中、ヴァイオリン、チェロ、ピアノとソロ廻しも取り入れていた。楽曲が進むにつれ、演奏に熱が増す。とても優美で優雅なヴァイオリンの音色だ。秘めた情熱を晒すように。いや、終盤には激しく揺れ動く感情を音に乗せて突きつけるように、3人は演奏を通して気持ちの熱を上げていた。

激しく弦を掻き鳴らす牧山純子。高ぶる気持ちを彼女は、弦を激しく擦る弓の動きに変え、ヴァイオリンの音を奮わせる。乱れ、舞い踊る旋律が高みに達した瞬間、演奏は一瞬ブレイク。その場の景色を塗りかえるように、牧山純子はヴィヴァルディの『四季』の中から、『夏 第3楽章〜Summertime』を奏でだした。物悲しい演奏が、郷愁を覚える夏景色を会場に居た一人一人の心のスクリーンに映し出す。嘆く心の声を呟くようにヴァイオリンの音が響き渡る。哀愁を帯びた音色から、激しく感情を掻き乱す音の叫びまで、3人は、ひと夏の物語の中で多様に見せた揺れる心模様を、まるで短編映画のように音楽に乗せて映しだしていた。

Georges Bizetが手がけたオペラ『カルメン』より、歌曲である『ハバネラ』を演奏。お馴染みの歌メロを一人一人がソロで奏でたうえで、合奏へ。華やかなその調べは、気持ちを弾ませながらゆったりと歩く様のよう。それは、秘めた思いや欲望を抑えながらも、紳士として真摯に恋へ向き合う姿のようだ。だが、欲望を抑えきれなくなった男は、突然、感情を剥き出しにせまりだす。その豹変ぶりを示すように、楽曲は、チック・コリアの『ラ・フィエスタ』へ。『ハバネラ』の中へ異なる楽曲を巧みに組み込みながら、牧山純子は揺れ動く感情を具現化してゆく。牧山純子自身も、騒ぐ気持ちを激しい演奏に乗せ。それこそ、熱情の魔女と化した姿で奏でていた。その感情が静まるのに合わせ、ふたたび心踊る『ハバネラ』の旋律を奏でだす。何時しかそこは、舞踏会の場へと変わっていた。愛しきカルメンに寄り添い踊るような優雅な演奏がこの場を包み込み、客席にいた一人一人を舞踏会を彩るキャストに変えていった。

続いて奏でたのが、牧山純子がプロのヴァイオリニストとして活動し始めた頃からずっと演奏し続けてきたBedřich Smetanaの『モルダウ』。郷愁を誘うヴァイオリンの調べだ。冒頭では、ヴァイオリンが女性として、チェロが男性となり、互いに会話を交わすように演奏をしていた。そこへピアノの音色が重なるのをきっかけに、3人は、触れた人たちをノスタルジーな気持ちに染めてゆく。幸せに包まれていた、在りし日へと思いを馳せるように響くヴァイオリンの調べ。対して、チェロの演奏は、困難に苛まれた今の心情を叫ぶようにも聴こえていた。悲嘆と郷愁が織りなす音は、次第に気持ちを吐き出すように騒ぎだす。それは、感情のストッパーを外し、気持ちが揺れ、乱れるままに奏でる調べのよう。胸の内で渦巻く感情をすべてぶつけるように奏でる場面も見せながら。でも、ふたたび演奏は哀愁覚える旋律を奏で、観客たちを郷愁に浸らせていった。胸をキュッとしめつけるあの楽曲に、こんなドラマがあったとは…。そんな風に感じさせた演奏だった。

次のブロックでは、闘う心が消え、音楽を通して心が穏やかになって欲しい願いも込め、ロシアの作曲家たちによる楽曲を、祈りを込めて届けてくれた。

先に奏でたのが、Alexander Porfiryevich Borodinによる『ダッタン人の踊り』。厳かな演奏だ。でも、3人が奏でる旋律や音色は力強さを持っていた。一つ一つの音色が強い意志を持ちながら、勇気を振り絞るように音を響かせる。存在感を放つ演奏と言えば良いだろうか。音の空間も巧みに活かしながら、3人は、力強く雄々しき姿で、逞しい踊りを見せていた。

Sergei Rachmaninoffの手がけた『ラフマニノフ交響曲第2番 第3楽章』で牧山純子は、今にも涙零れるような悲哀を持った音色を奏でていた。悲嘆な心が、セピア色に焼けてゆくようだ。この曲の演奏に触れている間、小さな部屋の中に一人たたずみながらも、心は無限に広がる空間へ思いを馳せ、気持ちを解き放とうとしていた。悲しみの旋律を重ね続けるヴァイオリンの音色。その調べは、物語を語るようにも届いていた。

コンサート当日は、ヴァレンタイン・デー。愛にあふれた日という理由もあり、牧山純子は「愛のスペシャルメドレー」と題し、クラシック曲の中でも「タイトルに「愛」を記した楽曲を選び、触れた人たちへ音楽のチョコを手渡すようにメドレー形式で届けてくれた。

Franz Lisztの『愛の夢』から始まった演奏は、一人一人をヴァイオリンの旋律で優しく抱きしめるように響いていた。とても優美で温かく、慈愛に満ちた演奏だ。甘い手触りで優しく心に触れる旋律にうっとり酔いしれれば、その演奏へ何時しか気持ちを寄り添えていた。

続くFritz Kreislerの手による『愛のかなしみ』では、タイトル通りの悲しみに暮れる思いを奏でていた。でも、そこには気品も覚えていた。いや高貴な調べというべきだろうか。だから、その演奏に気持ちが引き寄せられていたのだろう。

メドレーコーナーの最後に届けたのが、 Elgar Salut d’amourの『愛の挨拶』。とても優美で優雅な音色だ。この曲に触れている間、高貴な宮廷の中、アフタヌーンティーを楽しみながら愛を囁きあっていたような気分でいた。つい、軽やかにステップを踏みたくなる。そんな心踊る気持ちにも最後は染め上げてくれた。

次に披露したのが、この日、唯一のオリジナル曲『スロベニア組曲』。その中から、この日は『風』を選んで演奏。冒頭から、荘厳かつ重厚な音が響きあう。牧山純子の弾き倒すヴァイオリンの音色を筆頭に、3人はそこへ情熱も加えながら、荒ぶる風を吹きつけるような演奏を繰り広げていた。挑むような姿勢で音を奏でる演奏陣。その様は、沸き立つ衝動をそれぞれの楽器にぶつけるようにも見えていた。雄叫びのようなヴァイオリンのソロも含め、3人は吹き荒れる風ですべてをなぎ倒すように奏でていた。とても雄々しく、勇ましい演奏だ。その強さに、気持ちが飲み込まれていた。

ここまでに描いた、様々な心の物語。そんな人生の機微を改めて振り返るように、牧山純子は最後にJames Francis “Jimmy” McHughの『明るい表通りで変奏曲』を届けてくれた。それは、人の心を清純な音色でつかむような演奏だ。悲しみや苦痛をすべて飲み込み明るい笑顔に変え、3人は軽やかな音を奏で、気持ちを楽しく踊らせる。豊かな人生を謳歌するような演奏が、そこには生まれていた。フロア中から起きた手拍子も、誰もが、心を幸せに満ちた笑顔で埋めつくしていたからだ。共に人生の機微を分かち合いながら、この場に描いた物語へ称賛と感動の手拍子を送っていた。

アンコールで奏でたのが、Vittorio Montiによる『チャルダッシュ』。この曲で牧山純子は、華麗に色気を振りまくように。いや、女性として生きることの機微を音に変えて演奏していた。みずから先頭に立ち、優雅ながらも勇ましいヴァイオリンの旋律で2人の演奏陣や観客たちを牽引してゆく。その姿は、ジャンヌ・ダルクのようにも見えていた。そんな風に気持ちを踊らせる演奏を、牧山純子は見せていた。その音色は。いや、この日の演奏自体が、触れた人たちを夢想させ、いろんな景色を見せてくれた。そんな素敵な日々を、牧山純子は届けてくれた。

PHOTO:松尾 淳一郎
TEXT:長澤智典

《SET LIST》
  1. 1.リベルタンゴ
  2. 2.夏〜サマータイム
  3. 3.ハバネラ
  4. 4.モルダウ
  5. 5.ダッタン人の踊り
  6. 6.ラフマニノフ 交響曲第2番 第3楽章
  7. 7.愛のスペシャルメドレー(『愛の夢』〜『愛のかなしみ』〜『愛の挨拶』)
  8. 8.スロベニア組曲 風
  9. 9.明るい表通りで変奏曲
  10. -ENCORE-
  11. EN.チャルダッシュ

牧山純子(Violin) 使用楽器・機材紹介

牧山純子

New Album 『Classical Trio 2』Now On Sale!!

「ジャズ×クラ融合 ここに極まる!!」

メンバー
Violin 牧山純子
Piano 原田達也
Cello 中林成爾
Drums,Percussion 岡本健太(M-2,3,4,7,9)

2024年6月5日発売
¥3,500~(税込)
HDI-80024/CD
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