デビュー前から数々のCM楽曲の歌唱や大型フェスへの出演などで「既に5000万人が聴いた歌声」とも言われたシンガーソングライターのMichael Kaneko(マイケル カネコ)。2017年のデビュー後も精力的に活動を続けてきた彼が、この度約1年3ヶ月振りとなる新曲『When We Were Young』を1月30日に配信リリースした。

自身名義でのリリースが無い間も、あいみょん、さかいゆう、藤原さくら、KERENMI (蔦谷好位置)、AmPm、BENI、majiko、SING LIKE TALKING、Ovall、Kan Sanoなど数多くのアーティストの楽曲に参加し、2018年だけでも20曲以上の楽曲にプロデューサー/ソングライター/シンガーとして携わってきた。

そんな彼に自身のルーツや現在の活動へと至る道のりについて話を聞いた。

ジョン・メイヤー・トリオを見て、こいつヤバイな!と思って

―マイケルさんと言えばアメリカ育ちのイメージも強いですが、お生まれは日本なんですよね?

生まれは神奈川の方で4歳のときアメリカに行って15歳のときに日本に帰ってきました。

―ギターはいつ始めたんですか?

ギターは、13歳くらいから、兄が持っていたギターが家にあったんですよ。

そのときは本格的にやっていなくて、アコギが家にあったからただコードをおさえるくらいで。そのとき、まぁちょっとギターいじって。本当に弾けないって言うか、本当オープンコードちょっとやるくらいだったんですけど。

本格的にやりはじめたのが15歳くらいの頃で、僕が日本に帰ってきてからなんですよ。

もともとむこうでずっとサッカーやってて、プロを目指してたくらいだったんですが、日本に帰ることになって、帰ってきてすごいカルチャーショックを受けて。日本が合わなくてやっぱ。当時は日本語も今みたいに話せなくて、漢字も読めないし、僕は自分がアメリカ人だと思ってたんですよね。4歳から(アメリカに)いるわけだったんで。

で、すごいカルチャーショック受けて、もうサッカー嫌だみたいな感じで、友達もいないし。

ちょうど、15歳って言ったらこれから高校入って楽しい時期じゃないですか?その一番楽しい、やっとアメリカの高校行けるみたいな時期、みんな免許取って運転できるようになって―それが15なんですよむこうは…ってなる時期に日本に帰ってきてすごい落ち込んで、もうサッカーやめるみたいな感じになって。

色々すごい辛い時期にお母さんがなんかやった方がいいよって言ってくれて。ちょっとギター弾けたから、ギターでも習う?みたいな感じで習いはじめたんですよ。

で、教室に行って。そのとき出会った先生がすごいいい先生で。

最初は僕はアコギがいいな、と思ってたんですけど、ギターやるならエレキだろ!みたいな感じで。エレキギターを習い始めて、高校のときはずっとエレキ弾いてましたね。

エレキは、おじいちゃんが買ってくれた、今でも使ってるFender Japanの黒いストラトがあって。本当は、歌とかじゃなくてギターが最初だったんです。

―そのときはどういうものを弾いていたんですか?

僕は、ギターの先生の影響でブルースが好きになって。クラプトンとか。

その当時茅ヶ崎に住んでいたんですが、藤沢に教室があって。

最初はやっぱブルースとかやって、まぁちょっとジャズっていうかフュージョン系とかも聞くようになって。最初はもう本当、ギターだけやって歌は全く歌ってなくて。作曲もしてなくて。

当時はもう、高校のときはジミヘンのカバーバンドとか、クリームとか、歌は交代しながらみたいな…トリオでやってましたね。

で、それをやってるときに、ジョン・メイヤー・トリオを見て、こいつヤバイな!と思って、ちょっと歌も頑張ろうかなみたいな感じになって。

ジョン・メイヤー・トリオはすごいブルースっぽいんですけど、彼のソロとか聴くと、あ!こういうシンガーソングライターなんだ、って。彼を知って、自分もギター弾きながら歌うのも頑張ろうかな、みたいな感じです。

―それは何歳くらいの頃ですか?

それがちょうど、17~18くらいですかね。でも、本格的に歌いはじめたのは、高校卒業してからなんですよね。

もともと高校のときバンドをやってて、卒業して日本の大学に行って。高校がインターナショナルスクールだったのでみんな結構海外行ったりとかしてバンドメンバーがいなくなって、アコギもちょっと弾くようになって。で、大学一年生くらいのときから曲を書くようになって。アコギで。で、ちょっと歌も歌う機会も増えて。

―その頃はギターはどんなものをお使いだったんでしょうか?

今でも使ってるMartin 00-15Mですね。アメリカで中古で買った。結構ボロボロなんですよね。僕が20歳のとき買ったギターで。

もう落としまくって…僕がライブ活動やりはじめたギターがこれなんですよ。で、もう20歳ぐらいから東京のオープンマイクとかに行って、このギターでずっとやってて。

もうかなりボロボロで…ボディーも割れていたりネックに穴も空いているし、でもやっぱり弾きやすいし、これに慣れてるんですよ。

―声がすごく特徴的で、日本人離れしたおしゃれなサウンドのフィーリングに魅力があると思うのですが、ご自身でそれに気づいたのはいつ頃ですか?

いやぁ、僕も今は歌えるようになってるんですけど、最初歌いはじめたときは別に歌えるとも思ってなくて。別に上手いとも思ってなくて。ただ、普通にみんなギター弾いてたら鼻歌で歌うじゃないですか?その程度で…

―逆だと思ってました。歌うのが好きで、ギターは後で始められたのかと

全然、ギターあがりで、歌は後でしたね。やってたらちょっと周りからいい声してるね、とか言われて、ちょっと頑張ろうかなみたいな感じで。全然ボイトレとか行ったことないし、ただ部屋でYouTube見ながら真似をしたりしてましたね(笑)


次ページ »
日本に来て、「洋楽」って呼ぶのが不思議で

Michael Kaneko

1年3ヶ月振りの新曲『When We Were Young』好評配信中! 実に1年3ヶ月振りとなった新曲は”いくつになっても懲りない自分”を歌った楽曲。カリフォルニアを想起させるさわやかなアコースティックアレンジで軽快な聴き心地だが11拍子のリズムを採用しており、その難解さを感じさせないメロディーや楽曲構成の手腕も光る。
「年を取れば成長して学んでいくことは沢山ありますが、中には全く成長しない部分、同じ失敗を何回も繰り返してしまうこともあると思います。若い頃の自分と全く変わってないな、、、と思ったときに書いた曲です。」
Apple Music, Spotifyをはじめ各配信サイトで好評配信中。Michael Kaneko自身が湘南とカリフォルニアで撮影した映像を使用したMVも公開されている。


PR

MONO Cases Black Smoker