ジャンルの垣根を超えて紡がれる生の音楽。
そこにあるのは生命力に満ちあふれたリアリティ。

コンポーザー/ヴァイオリニストとして多方面で活躍する吉田篤貴が率いるストリングスユニット吉田篤貴EMO stringsが9/26(月)、めぐろパーシモンホール 小ホールにて「吉田篤貴EMO strings meets 林正樹 ツアー 東京公演」を開催した。

ピアニスト林正樹を迎えてのコラボレーションアルバム“Echo”リリースから待望の6都市を巡るツアーの最終公演となった本公演では吉田篤貴(Vn)、林正樹(Pf)、青山英里香(Vn)、梶谷裕子(Vla)、島津由美(Vc)、西嶋徹(Cb)の演奏陣に、沖増菜摘(Vn)、地行美穂(Vn)、田島華乃(Vla)、内田麒麟(Vc)が加わったダブルカルテット形式の豪華な10人編成が組まれた。

コンサートホールに入ると感じる様式美と静寂を兼ね備えた雰囲気の中、開演を知らせるチャイムが鳴る。拍手で迎えられたメンバーたちが身にまとう、自由で色とりどりの舞台衣装が目に留まる。そして、ピアノとコントラバスを弦楽器陣が囲むという目新しい配置であることを認識したときに感じたのだった。「今日のコンサートはクラシック音楽のそれとは違う」のだと。

最初に届けたのは『Dia dos Namorados』。ブラジル語で「恋人の日」を意味するこのタイトルは、「コロナ禍において、少しでも希望を持てる曲を」という、林正樹の思いが込められた楽曲だ。静寂の中から始まるチェロの音色。それはやがてヴィオラに伝わり音を紡いでいく。甘美さとエモーショナルさが織り込まれた世界観に聴き手を一気に惹きつけるのだった。

続く『The Wind Fiddler』ではジャズ、アルゼンチンタンゴを軸に幅広いジャンルを股に掛ける西嶋徹のパーカッシブなリズムで楽曲がスタートした。自然と気分が高揚するのは、タイトルにもあるフィドルがもつ可能性の1つなのだろう。“meets”というバンドタイトルの通り、ソロ回しのパートでは演奏陣の笑顔が印象的に映る。まるで楽器を通して会話をしているかのような掛け合いを披露した。その楽しそうな出会いに呼応して静かな鑑賞態度ではいられない気持ちになったのは私だけではなかったはずだ。

本公演で披露されたダブルカルテットの編成は実に2年ぶりと話す吉田。「当たり前だった日常が実はかけがえのない大切なもので、今まで気づかなかったものが見えるようになった」。続く『yuragu』は林正樹がそうした感性を楽曲に落としこんだナンバー。ランプの炎がゆらめくような不規則性をストリングスが巧みに表現し、脆さや儚さが優しく包まれていくような感情を抱く。大切な人や場所との繋がりを感じる演奏に心が浸った。

林正樹(Pf)/ピアノはホール常設のSteinway D-274。

暖かな拍手に包まれた後に披露された『2006』は作曲のコンセプトがユニークということで、林正樹自ら楽曲解説を行なってくれた。「2006という数字を素因数分解すると2×17×59という美しい素数の積に分解できます。これを利用した17拍子の曲で2×59小節で構成されている楽曲です。最初の音から最後の音まで数えると、ぴったり2006拍で曲が出来上がっています。」という、数学好きにはたまらない!? 1曲なのである。ピアノとストリングスの対話が心地よく展開され、ここでもアレンジの多様性が光っていた。

第一部の最後を飾ったのはダブルカルテット+コントラバスの弦楽器陣9人で披露された『Hydra』。巨大な胴体に9つの首を持つ大蛇の怪物の名をタイトルに据えたこの楽曲では、“生”だからこそ感じることができる弦楽器特有の“重なり”や“歪み”を巧みに取り入れたアグレッシブな重厚感で曲が進んでいく。PA機材などは一切使用しない、真にリアリティのあるサウンドが聴き手のイマジネーションを大いに掻き立ててくれた。

第二部の前半は、吉田篤貴(Vn)、林正樹(Pf)、青山英里香(Vn)、梶谷裕子(Vla)、島津由美(Vc)、西嶋徹(Cb)の6人編成での表現がなされた。「木々たちが体を揺らしながらみんなで合唱している、そんなイメージ」として題された『Green Chorus』は全編が11拍子のリズムというユニークさがあった。軽快でさわやかなメロディーに合わせるように演奏陣もごく自然体でいるのだが、一糸乱れぬ縦のリズムラインの正確さが一際輝くのだった。

続く『Obsession』は1つのフレーズをモチーフとして曲が展開されていく不思議な空気感が味わえる楽曲だ。繰り返しの中で様々に重なり合うサウンドは圧巻で、ここでもメンバー全員の“meets”が顔を覗かせていた。

再び10人編成となった後半で披露したのは『Bluegray Road』。作曲を林正樹、ストリングスアレンジを西嶋徹が手がけ、ヴァイオリンの吉田篤貴がクラリネットに楽器を持ち替える、ライブ公演のみの特別編成が披露された。林が岡山県にある「蔭凉寺」を訪れた際のインスピレーションが反映されたこの楽曲は、風や威厳といったイメージに加え、音に色彩を感じ取ることができるのだった。編成は一見特異なようだが、実にクラリネットが全体にマッチする。吉田篤貴のマルチな才能をあらためて感じる一幕だった。

ピアノソロで始まった『極夜』は林正樹を加えてのリアレンジ版。高緯度地域の冬季に起こる、太陽の登らない世界。その淡い光の中の美しい光景が見事に描写されていた。淡いヴェールに包まれ、時の流れがゆっくりになるような感覚はまさに幻想に包まれるという表現がしっくりくる。

この日のラストを飾った『ソたち』はメロディーの約74パーセントを「ソ」の音で構成するという、林正樹の遊び心が垣間見える1曲。「ソ」という共通の音を通じて“meets”する楽しげな音遊びが、コンサートを鑑賞した1人1人の心に深く刻まれたのだった。

止まらない拍手に応えたアンコールは、誰もが1度は聴いたことがあるであろう名曲『ニューシネマパラダイス』。メンバー全員での壮大さと、深く立体的なアンサンブルサウンドで締め括った。

心地よい中秋の夜風を感じながら帰路に着く途中。そこでふと感じたのは弦楽器、そしてピアノへのあらためての憧れだった。

生の響きは音楽を鑑賞することだけにとどまらない空間を創り出す。そこに身を委ねることの豊かさを誰かと共有したくなる。そんな素敵な一夜であった。

取材・文:廣瀬航
撮影:小野寺将也

吉田篤貴(Violin) 使用楽器紹介


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